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| ■原理 |
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私たち形成外科医は、顔の火傷などに際し、しばしば大腿などから植皮術を行います。これは自家組織移植術の一つで顔に生着した皮膚は色調、質感(キメの細かさなど)〜体毛の生え方まで生涯大腿の皮膚そのままで周囲の顔の皮膚になじむことはありません(ドナードミナンスの原理による)。
自毛植毛術の場合も植皮術と全く同じ原理(ドナードミナンスの原理)により、健康な毛髪を生涯生み出す毛根はハゲた場所に移植されても、もとの性質を変えることなく健康な毛髪を送り出してくれることになるのです。
もっとわかりやすくいうと、側頭部〜後頭部に集まっている、はげにくい性質の毛根群を分割して、他の場所にもっていっても、その性質は変わらないということです。 |
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| ■自毛植毛術の成り立ち |
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| 毛髪移植術の草創期は次の3人でなされたと言われている。 |
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| 1. |
奥田先生(日本):1939年 熱傷患者の頭皮(前頭部)に残存毛(後頭部)を移植し生着することを学会誌に発表 |
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| 2. |
田村先生(日本):女性無毛症患者に毛髪(少数毛皮を含む)を移植し発育することを発表 |
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| 3. |
Dr.Orentrich(アメリカ):1950年代に男性型脱毛症に毛髪移植術を行ううえで、最も重要な原則「ドナードミナンス」(それぞれの毛髪はどこに移されても生着すればもとあったときの性質が変わらず一生を終える)を発表した |
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| 以後、1990年代に入るまで手術は医師と1〜2人のスタッフで行われていたため、株の細分化に難があり毛髪を含む頭皮を円柱状(直径3〜4mm)にくりぬいたものを、禿髪部に移植するパンチグラフトが主流であった。もちろん、毛髪は生着し伸長したが毛髪が切り株状に生えてくる不自然さ、頭皮の凸凹が残るため脚光を浴びるまでに至らなかった。 |
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1980年代には、この不自然さを解消する手段として皮弁(フラップ)が多く開発され、日本でも江崎先生(エザキクリニック)、大森先生(東京警察病院)ら、私も含め多くの術式が用いられるようになった。しかし術式の難度が高く術者が限られること、頭皮に人工的な傷あとが残ること、脱毛進行時の予測がつきにくいことなどから世界的にも下火状態にある。
1990年代になると1つ1つの移植株を細分するのに多くのスタッフで行えば毛根を痛めるリスクを軽減でき、また細分化しても生着に問題ないことが認識されたため、マイクログラフト(1株に1〜3コの毛包を含む)、ミニグラフト(1株に4〜6コの毛包を含む)などが発表された。
1990年代後半には、Dr.Rassman、Dr.Seagelらが毛包(毛穴)単位の毛髪移植術の概念を確立させた。また、この間、体毛(眉毛、睫毛、陰毛)移植用の単一植毛も開発され用いられてきた。これらの長所を組み合わせて行っているのが現在の禿髪治療です。 |
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